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FIGHT BREAST CANCER
〜歌う乳がんサバイバー

O野K子の場合

仕事を言い訳に何年も検診を受けていなかったO野K子。ある日、胸に違和感を感じ、ようやく休みを取って病院を予約したところ

自分の健康について無頓着だった私。
2017年5月に乳ガンと診断され、現在治療を行っています。

このブログは、乳ガンについて全く無知だった私が、治療を行うにあたり経験したこと学んだことを、【O野K子】という名前でまとめ直したものです。

私は「がんサバイバー」と言う言葉について、自分が病気をする前は、がんを克服して長く生きていらっしゃる方のことだと思っていました。

しかし、「がんサバイバー」という言葉が生まれた海外では30年ほど前に、がんと診断された人を、治癒・再発を区別せずに、現在、生きていらっしゃる方を「がんサバイバー」と呼んでいるそうです。

医師の説明や書籍だけでなく、同じ病気をしている先輩方のブログでもたくさん勉強させて頂いています。

同じ病気でも、副作用や生活は人それぞれ。
乳ガンと治療、そしてがんサバイバーの生活について、自分の学んだこと、経験したことをまとめることで、今度は私が少しでも誰かの参考になれれば嬉しいです。

第1章 診断

第1章 診断

第1話【乳腺外来】

2017年5月25日 

「社長、急で申し訳ありませんが明日、午前休をください。」

4月の最後の木曜日、私は社長の顔色を伺いながらこの何日か気になっていたことを一気に話した。

数日前、シャワーを浴びている時に右胸にシコリがあることに気付いたからだ。
忙しいから、と体のことはついつい後回しにしてしまい、私はもう何年も婦人科検診を受けてない。

「乳腺症だと思われます。
心配はないと思うけど、定期的に検診は受けてくださいね。」

最後に検診を受けた時そう言われていたが、社長と私しかいない小さな会社では休みが取りづらかったことと、やはり検診で行うマンモグラフィーの痛みを思い出すと、何だかんだ理由をつけて逃げていた。

また痛い思いをするかと思うと乗り気ではなかったが、今回は病院に行ってみようと思った。

翌日はどんよりとした曇り空だったが、自宅付近でいかにも女性がくつろげそうな綺麗なAレディースクリニックをすんなり予約できたこと、
朝は少しだがいつもよりゆっくり眠れたことにむしろ心は軽かった。

「今回も乳腺症、心配ない。とっとと終わらせて事務所に向かおう。」

初めてかかるそのAクリニックは朝から混んでいた。
受付で初診であることを告げ待合室の空いている席を探していると、
パソコンの予約内容を確認していた人の良さそうな係りの女性が
申し訳なさそうに私の名前を呼び、ちょっと困ったような、
でもしっかり伝えなければ、と言う表情で話かけてきた。

「O野さん、ご自分でシコリが認識出来るんですね」

「はい。もうずっと検診受けてなかったのもあったので、
ようやく重い腰を上げた次第です。はは。」

私は叱られる前に白状してしまえ、とばかりに長いこと検診をサボっていたことも笑って付け加えた。

けれども彼女は真剣な顔で、声を潜めて話を続けた。

「ご自分で認識出来るなら、多分、シコリはあるんだと思います。
でもそうなると、乳腺外来がある病院でないと詳しく検査出来ないんです。ここで診察受けて頂いても、うちの先生も紹介状を書くしか出来なくて。そうなるとお金だけ掛かってしまうので、最初から乳腺外来のあるところで受けられた方が良いですよ。」

『乳腺外来』

そうだ。水曜に電話で話した母が確かそんなことを言っていた。

「乳癌検診で要精査と言われた場合や、明らかに乳房に異常を感じた場合に受診するところは婦人科ではないのよ。間違えないでね。」

普段から話を半分しか聞いていない、とよく叱られるのだが
今回も大事なことが抜けていた。

今回の予約はキャンセルにしておきますから、と見送ってくれた受付の方に私はお礼を言い、クリニックを出ると同時にスマホで乳腺外来のある病院を検索した。

 

第2話【紹介状】

出来れば休みをもらった今日中に診察を受けたい。
改めて休みをお願いするのは、色々と面倒だ。
でも近くにあるだろうか。あっても予約が取れるだろうか。

祈るように検索エンジンに「乳腺外来」と希望の地域を入力した。

「あった。B医院」

ラッキーなことに駅の向こう側にあった。
早速、電話してみるとベテラン風の明るい女性の声が聞こえた。

「どうされましたか?」

私は数日前に気付いたことと、今日の経緯を話した。

「それなら当院の受診ですね。今日の予約を入れますので、お名前をフルネームで頂けますか」

「O野K子です」

「あら、O野さん?この前いらっしゃたばかりですよね。」

「いえ、初めてです」

少し間があった。何かガサガサ書類をめくるような音が聞こえた。

「申し訳ありません。では生年月日もお願い致します。」

ついさっき自分も受診科を間違えたので人のことは言えないが随分とおっちょこちょいな人だ。

午後の診察が15時からだったので、私は急いで事務所に戻り、
昼食を片手に仕事をやっつけ、事情を説明して早退させてもらった。

少し早めに着いたB医院は賑やかなK商店会を抜け、静かな住宅街が始まるところにあった。
広めの待合室には他の受診者はまだいない。
ガランとして静まり返った待合室の窓から見える曇り空に、朝とは違って私はなんとなく憂鬱を覚えた。

自分のミスだけれどバタバタして疲れた。
でももう少しで終わる。

「身内に乳癌経験者がいるのに定期健診を受けていなかったのかい?」

半ば呆れたような声を出したB院長は、50代くらいの男性の先生で、すぐにマンモグラフィーとエコー検査を始めた。

マンモは何回か更衣室から呼び戻され角度を変えて撮影をした。

その度に胸を挟まれ痛い思いをするわけで、何のために今まで色々理由をつけて検診を避けてきたのか考えるとちょっと情けなかった。
こんな思いをするくらいなら来年からはキチンと受診しよう。

通常であればこんなに何度も撮影することはないはずだ。

なんとかかんとか検査と着替えを終えて待合室でほっとしている時に、
ふと院内の貼紙が目に入った。

『シコリや痛みのすべてが乳癌とは限りません。
一人で考え込まないで、きちんと病院で検査を受けましょう』

そんなような内容だったと思う。

100人シコリが見つかっても最終的に乳癌と診断されるのは5人もいない、と昔、聞いたような気がする。
私もそうだ。くじ引きだってあたらないのだ。
そんな確率の少ないものにあたるはずもない。気楽に考えていた。

「右にシコリがあると言っていたけれど、左にもあるの、自覚ないんだね?」

検査の写真を見ながら先生が言った。

「はい。言われるとエコーの時にちょっと違和感を感じましたが…」

先生はその問いに対してすぐには反応せず、写真を見ながら頭の中で何かをまとめているようだった。そして続けた。

「そうですか。右側のシコリも左側のように、もう2年早く見つけられると良かったです」

今回も乳腺症と言われるだろうと信じ切っていたからか、疲れてしまっていたからか、先生が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。ただ、早く安心して帰りたい。

私は先生の言葉の意味を確認しようと、座り直し身を乗り出した。
その時、すでに作成されていた診断書の文字が見えた。
そしてようやく自分の状況が理解できた。

『両側乳癌の疑い』

泣いていたのだろうか。あまりに想定していなかった事態に言葉が詰まってなかなか出てこない。
先生はうちの病院でも治療出来るが、身内がかかっていた病院が良ければ紹介状を書く、どこの病院か、
と聞いているようだったが展開が早すぎて頭がすぐに反応できない。

看護師さんが落ち着くまで、と別室に案内してくれた。
少し時間をもらい母に電話をし、同じ病院に行くべく病院名と主治医の名前を確認した。

2017年5月25日

第3話【患者確認】

希望のC大学病院はB院長の出身病院だった。
母が治療していたのは25年も前だったので、主治医は定年退職されていたが、院長は懇意の医師に電話をかけてくれた。


初診は4日後。
気持ちも落ち着き、私は何度もお礼を言って、紹介状とマンモグラフィーの写真を持ってB医院をあとにした。

C病院初診の日、私は母に同行を頼んだ。
先日のようにコトがどんどん進んでは、今の私には予備知識があまりになさすぎて不安だった。

待ち合わせた母の顔色は私より悪いように見えた。
昨日は眠れなかったらしい。
今日母に同行を頼んだことを私は少し後悔した。

初診受付カウンターへ紹介状と必要資料を提出して待合室の席に腰かけると間もなく名前を呼ばれた。

随分早いな、と思った。

「確認なのですが、当院の受診は初めてですか?」

「はい。初めてです」

「○○クリニックの受診はありますか」

「ありません」

「××センターの受診はありますか」

「ありません」

「分りました。生年月日をお願いできますか」

生年月日を告げると、ではカルテと診察カードを作りますのでお席でお待ちください、とのこと。
受診歴の有無を聞かれた医院は全てC病院の関連機関だ。
初診問診票にもその旨、記入したはずなのだが。

受付のやり取りを腰かけて見ていた母になにごとか、と問われ説明しようとした時、ふと、初めてB病院を予約した時の会話を思い出した。

『あら、O野さん。この前いらっしゃったばかりですよね』


『いいえ、初めてです』

その時、もしかして、とある考えが頭をよぎり、ドキリとした。

数分後、改めて受付で名前を呼ばれ手渡された真新しいプラスチックの診察カードが、私のもしや、が当たっていたことを示した。

そこには赤い文字で印字されたシールがしっかりと貼り付けてあったのだ。


『同姓同名あり』

2017年5月26日

第4話【針生検】

担当のC 先生は、50代の女性の先生で、診察室の扉を開け一見した時、仕事のできそうな人だと感じた。

「こちらの拙い言葉がうまく伝わるだろうか」

という不安を抱いたが、私自身について、社会生活について、検査についてを話して合っているうちに、私の気持ちを、私が発する言葉以上に察して頂ける先生で良かったと、ホッとできるようになった。

それでも先生は、やはりやり手なのだろう。
優しい声と厳しい声をしっかり使い分け、もの凄い勢いで検査室に検査予約を入れてくれた。


当日は、正直またやるのか、と気分がゲンナリしたマンモグラフィーと
エコー検査を再び受け、別日に胸のMRIと針生検を行うことになった。

MRIは造影剤を注射しての撮影になった。
うつ伏せになり、乳房だけを穴に入れた状態で機器の中に入る。
姿勢が意外ときつい。それ以上に轟音が強烈で、機器の中は狭い。

普段なら一緒に歌ってしまうだろう、ジブリのテーマソングが
色々と流れているヘッドフォンを技師さんが装着してくれたのだが
ほとんどかき消されてしまい、遠くから時々うっすらと聞こえるような感じが、なんとなく不安になってしまった。

その後、私が受けた針生検は、太目の注射針のような針を局部麻酔した患部に刺して、内刃でしこりの細胞組織を回収するというものだった。

細胞を切り取る時、「パチン」という爪きりで爪を切るような音がした。
麻酔をしていたから当然、痛みはないが出血しているので看護師さんが止血してくれる。
始める前は緊張していた。
でもC先生も看護師さんもリラックスさせてくれたので終わる頃には
なんだか珍しい経験をして楽しんでいる自分がいたが、検査を終えた着替えのカーテン越しに

「最短1週間で結果を出すからね。来週には確定診断が出ます。そのときはお一人で来る?ご家族といらっしゃる?」

と先生に言われて、現実に引き戻された。

これは単なる健康診断ではないのだ。

針生検のあと、急遽、頭、腹等のCTも追加で撮影しておきましょう、との先生の言葉で、転移の可能性という言葉が頭をよぎった。

2017年6月1日

第5話【インフォームド・コンセント】

乳癌疑いの診断が出てから3週間が経とうとしていた。

確かに胸のシコリは認識しているが、それ以外に体調の異変は感じない。
むしろ元気なくらいだ。本当に乳癌なのだろうか。
なにかの間違いではないのだろうか、と一瞬思う。

しかし数分後には、もし癌の場合、どの程度進行しているのだろうか、
手術の度合いや治療に掛かる費用はどれくらいかかるのだろうか、
といった不安がグルグルグルグル毎日回り続けた。

あと数日で確定診断が出る。
そうすれば例えどんな結果が出ても、グルグル回り続ける不安の回し車をひたすら歩き続ける毎日が終わる。
むしろ解放されてすっきりするんじゃないだろうか。

そう考えたとき、昔見た伊丹十三監督の【大病人】という映画を思い出した。
この映画の主人公は当初、主治医に末期癌であることを告知されず、「胃潰瘍」として治療を受けるのだが、入院中に知り合った癌患者との会話で自分が末期癌であることを知ってしまう。物語の中で、

「医者のために患者がいるんじゃない、俺の体のためにお前のメスがあるんだ!」と、主人公が主治医に向かって叫ぶセリフがあった。

今まで私は自分の健康については無頓着だった。
もっというと自分自身について無頓着だった。
それは周りの人の顔色ばかり気にする性格からなんとなく自分の気持ちや考えを引っ込め続けてきたせいなのかもしれない。

「インフォームド・コンセント」という言葉は聞いたことがある。
病状や治療行為について医師から納得いくまで説明を受け、治療を受け入れるか否かについて医師と患者が合意することだ。
これは説明を受ける患者の私にも基本的な知識と、なにより自分の治療については自分で決める、という
意思がなければ成り立たない。

勉強してもすべて理解はできないかもしれない。
でも知らなければ、自分が分からないこと、疑問と思うべきことにさえ気付かないだろう。
そして今回は自分自身の健康のこと。命のこと。
今までのようになんとなく流されていく自分ではダメなのだ。

数日後の確定診断の際に私はC先生の説明をきちんと理解し、自分で判断しなければならない。
ただただ不安の上を歩き続けている場合じゃない。
ふと、やるべきことに気付いて足を止めた時、延々と続くと思われた回し車から私はようやく降りることが出来た。

2017年6月14日

第6話【診断確定】

第6話【診断確定】

確定診断の日は朝から空模様が怪しかった。
診断は15時からだったので、ギリギリまで事務所で仕事を片付けてから
病院へ向かう頃には、外は雷と大雨で荒れていた。

それでも私自身の気持ちは、
この数日の「勉強」でかなり落ち着いていた。

そもそも癌は手術や抗がん剤治療、放射線治療をしても
見えない癌細胞があとから再発、というかたちで
出てくる場合があるので【完治】の判断は難しいらしい。
この残っていた癌細胞が再発する期間の目安が5年とされているのだが、
それでも乳ガンは他の癌に比べて
早期に発見出来れば5年生存率が高く予後が良い病気と言われている。

事実、今日結果を一緒に聞くために病院で待ち合わせをしている
私の母は25年前に闘病を経験している癌サバイバーなのだ。
このことは私にとって大きな拠り所になった。

あとは自分の病期と治療法だ。
治療には、お金がかかる。生活もある。
できる限り私は働いていたい。

「まずね、正常な左の写真から見てもらった方が分かりやすいかな」

マンモグラフィーの画像を見ながら、C先生が優しい声で説明を始めた。

(と、いうことは右は正常でないのだろう。)

ひょっとしたら間違いかも、というわずかな希望はそこで捨てた。

(今の私なら大丈夫。)

一度ギュッとつぶった目を開けると
これから説明してくれるであろう机上の診断書が見えた。
私はその文字を自分でも驚くほど冷静に翻訳した。

T2N1M0 ステージ:ⅡB

つまり、

【2cm~5cmほどのしこり。腋下転移あり、遠隔転移なし】

2017年6月14日 

第7話 治療計画

第7話【治療計画】

【浸潤性乳管癌】

乳房には「乳管」と呼ばれる管(母乳を運ぶ管)と
その先に母乳を作る「小葉」がある。
これが乳頭を中心に放射線状に
15~20個ほど集まっている組織が
「乳腺」と呼ばれるもので、乳ガンの多くは
この「乳管」に発生するという。

「浸潤性」とは、癌細胞がこの乳管の壁を破って
外へ出てしまっている状態で、リンパ管や血管の中に入って
全身に転移する可能性があるということだ。

私の場合、小さいが3つほど脇の下に転移しているという。

「K子さんの癌のタイプはね、増殖力が強くて早いの」

先生は進行の具合を示す【ステージ(病期)】のあとで
癌細胞の性質や増殖力を示す【サブタイプ】について説明を始めた。

癌の性質を確認するには病理検査で次の項目をチェックする。

1.ホルモン受容体の有無
→女性ホルモンの影響を受けて増殖するタイプか否か

2.HER2(ハーツー)過剰発現の有無
→HER2タンパクが過剰であるか否か。

3.Ki67の値
→癌細胞の増殖の早さ

素人の私にも分かるように
かなり噛み砕いた先生の説明によると、私の癌は

「女性ホルモンを食べるだけでなく、
他のエサも食べるタイプですごい勢いで大きくなる」

【ルミナルB型 HER2陽性】

なのだそうだ。

転移している、と言われても割と落ち着いていたが、
進行が早い、と言われて私は笑ってしまった。
身体の中の癌細胞が、
<雑食で、早食いで、すぐ太る>自分に似ているな、
と一瞬、思ってしまったのだ。

「淡々と説明を聞いているけど、大丈夫?ここまで分かる?」

精神的ショックのほうは大丈夫だった。
ここで泣いても結果は変わらない。
ならば先生の説明をしっかり聞かなければ、という気持ちがあった。
事前に勉強していたが、全くの素人が一から勉強しているのだ。
【サブタイプ】についてまでは勉強が追い付いていなかったので
予定している治療法について集中して話を聞いた。

エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PR)がある人は、
女性ホルモン(エストロゲン)が結合し癌細胞を増殖させてしまう。
であれば、薬でエストロゲンの働きを鈍くしたり、
産生を抑えてしまえ、というのが<ホルモン療法>

私はPRは少なかったがERが高かった。
どちらか一つでも該当するなら陽性、ということらしい。

HER2というのはちょっと難しかった。
正常であれば「HER2タンパク」とは細胞の増殖調節に関与している
ものなのだが何らかの変異が起こるとがん遺伝子になる。
「HER2タンパク」が異常に多いことを「過剰発現」、
で、その「過剰発現」になると癌細胞に「増えろ!増えろ!」と
命令して癌が大きくなってしまう、ということらしい。
今まではHER2があると転移や再発しやすいので予後が悪い、
とのことだったが、最近では「ハーセプチン」という薬があり
かなり効果があるらしい。
一般的な抗がん剤は、正常な細胞まで攻撃してしまうが、
この「ハーセプチン」は、ターゲットのHER2を狙い撃ちできる。
これが<分子標的薬療法>
なのだ。

私のガンの状態は決して楽観視できるものではないが、
だからこそ薬の効果も期待できるように思われた。

C先生は術前に7か月ほど、抗がん剤、分子標的薬療法で癌細胞の制御を行い
その結果で手術の度合いを判定、その後、放射線治療、ホルモン療法を行うことを提案した。

どんなに頑張って勉強しても、
手術そのものに対する心の準備はまだできていなかった。
だから薬が効いて乳房温存手術の可能性があるならありがたい。
私は先生の提案通り治療することに同意した。

診断を聞き治療計画を決めて病院を出る頃には
雨は止み、荒れていた空は穏やかになっていた。

2017年6月16日 

第2章 治療準備

第8話【職場への報告】

第2章 治療準備

治療方法は決まった。
なるべく早く治療を開始したほうが良い、と先生に言われたが、
副作用がどれだけ出るか分からない。
来週末に控えている大事な仕事のチャンスは、今の状態で挑戦したい。
結局、2週間後に最初の投薬をすることになった。

治療の開始時期が決まったので、次にすべきことは職場への報告だ。
仕事を続けながら治療を行いたい、という希望をC先生に伝えたとき、
大丈夫、そういう患者さんは多い、と言っていた。

『K子さんはね、たぶん副作用大丈夫だと思う』

最近は副作用を抑える薬が良くなっていること、
また体質的に、性格的に、副作用が出ない人も時々いるらしい。

『私の経験的に、あっけらかん、としている人って副作用が大丈夫って人が多いのよね』

本当かな。でもそれなら嬉しい。

体調を見ながら薬を調節する、とのことだったのでひとまず職場への報告は、3週間に一度の投薬日はお休み又は早退をさせてもらえるようにお願いしよう。
今まで健康管理に無頓着だった私は恥ずかしながら医療保険に入っていない。
そろそろ入らなきゃかね~、と思っていたくらいだ。
貯金もそれほどない。
そしてこの職場は私と社長しかいない。
病気だから今すぐ仕事を辞める、というわけにはいかないのだ。

問題はもう一つの仕事だった。
私は8ケ月前からダブルワークをしていた。
昼間は事務職、夜はパートで接客の仕事だ。
正直、夜中まで立ちっぱなしの仕事は、
年齢のせいか、思っていたよりキツイと感じることもあった。
抗がん剤治療を開始すればさらに体力は落ちるだろう。
髪や眉毛が抜ければ見た目はどれだけ変わるだろう。
自分の気持ちもどうなるか心配だった。
収入が減るのは怖かったが、
今は、続ける自信があるのかないのか分からない。

検査を受けていることは事前に主任のDさんに話をしていた。
Dさんは私の3つ下の中国人女性だ。
夜のパートは退職させてほしい、と話をした。

「O 野さんのコト、全力で応援するよ。これから体、大変だけど、お金もかかるでしょ。今すぐ辞めるんじゃなくて、ちょっと休みってコトにして籍は残しておくよ。上の人には相談しておいた。少なくとも私がいる間は、元気な時だけでも稼ぎに来たらイイよ」

ありがたかった。
周りの人には迷惑を掛けてしまうが、少し様子を見てみることができる。

私はダブルワークの職場の仲間や先輩には、
自分の病気のことを話した。
余計な心配を掛けてしまうかもしれないが、だいぶ身勝手なシフトになってしまう。
それで許してもらおうというわけではないが、説明はしておきたい。
そして何より、本当に続けていくことが出来ない、となった時に
ちゃんとご挨拶できるかも心配だった。
自分が休んでいる間に他の仲間もいろいろな事情で退職して
会えなくなっている場合もあるだろう。
まだ8ケ月しか経っていないが、忙しい職場だったのでわりと早い段階で私は「仲間」という意識があった。
せっかく一緒に働いた人たち。
とりあえず後悔をしないように挨拶はしておきたかった。

さすがに驚かれてしまったが、
「分った。こちらは大丈夫。
というか、今まで無理しすぎなんだから、
今回はちゃんと体調第一で治療してね。
きっと大丈夫だから。でも、戻ってきてよ!!」
と声を掛けて頂いた。本当にありがたかった。

2017年6月16日 

第9話【高額療養費・限度額適用認定証】

「その診断結果と治療法でO野はいいのか?セカンドオピニオン受けなくていいのか?その病気なら◎病院がいいぞ」

受話器のむこうから懐かしい声が矢継ぎ早に質問してきた。
職場との調整が済んだ時
昔、一緒に働いていたEさんを思い出して電話をかけた。
職場の人は知らなかったが、彼も病気を抱えながら働いていたのだ。
それをたまたま私が知ったきっかけは忘れてしまったが、
病院や高額な治療費についての対応方法についての知識には
当時、驚いた記憶がある。

セカンドオピニオンについては家族からも何度も確認された。
今はセカンドオピニオン外来という専門の外来を
用意している病院もある。

順序で言えば、今後の治療方針の同意をする前に、
セカンドオピニオンの希望を伝え、今までの検査資料をC病院から借りて
改めてセカンドオピニオンの診察予約を入れることになる。
同意したあとでも自分に迷いがあれば、申し出ても良いと思うが
時間がかかってしまう。
だから、セカンドオピニオンをするならば、診断結果を待つ間に
他の病院のあたりはつけておくのが良かったのかもしれない。

けれどこの頃には、しこり自体がだんだん大きくなって
痛みも感じるようになっていた。
急いで治療を始めたほうが良い、という先生に
頼み込んで開始も遅らせている。
なによりC先生とのやりとりで感じた、
先生への信頼が私の中で大きかった。
私の中では、今、別の先生の意見を聞きたいという思いはなかった。

「うん、ありがとう。でも今の先生と決めた治療法で私は納得してる」

意外と私が頑固なことをEさんは知っている。
O野が良いなら、とその話はそれで終わった。

「治療費は大丈夫なのか?」

大丈夫ではない。かなりの大打撃だ。

「高額療養費と医療費控除は利用しようと思ってる」

治療準備でまず最初にやったのは医療費対策についての勉強だった。
私は国民健康保険に加入しているから、
通常は窓口で3割負担の医療費を支払っているが、
1か月の自己負担額が所得区分の基準額を越えた医療費については、
申請をすればあとから払い戻されるのが高額療養費制度
だ。
私はC病院での治療費と院外処方の薬代などをまとめて高額療養費で申請し、この対象にならない通院にかかった交通費などは年度末の医療費控除で所得税の還付を受けようと考えていた。

「高額療養費だと一時的に自分で立て替えなきゃいけないから、それが大変でしょうよ」
「うん」
「限度額適用認定証は調べたのか」
「ん?」

いろいろやっているつもりでもやっぱり私は詰めが甘い。
ただ本当に周りの人には恵まれている。

確かに高額療養費の申請では申請して払い戻されるまでに3か月ほどかかるらしい。
入院手術を考えるとかなりキツイと考えていた。

Eさんいわく「限度額適用認定証」とは予め手続きをして入手した
「認定証」を病院の窓口に提示すれば、窓口で自分が支払う医療費は、
高額療養費制度の自己負担限度額までにとなるとのこと。
立て替えなくて良いし、何より具合の悪い時に申請書を記入する必要がない。
あとで詳しく調べたところ、同一病院でも外来と入院では
別計算になるらしい。それでもありがたい。

「さすが、Eさん!ありがとうございます!」
「いやいや。ところでパートナーは元気か?ちょと話したい」

隣で電話のやり取りを聞いていたパートナーに電話をかわったところ、10分近く話しこんでいた。

『O野が頑固なので、セカンドオピニオンを本当に受けなくて良いのか
是非、君からも説得してくれ』
『そうなんですよ、自分からも言っているんですが《必要ない、必要ない!》の1点張りで困っちゃって』

という私の【頑固話】をしていたらしい。

2017年6月22日

第10話【禁酒禁煙・食生活】

経済的な心配については、Eさんのおかげでひとまず落ち着いた。
であれば治療に向けた身体の準備に入ろうと考えた。

まずは自発的に食生活の見直し。
正直言って今までの私は「白飯と肉・白飯と肉・白飯と肉」生活だった。
野菜やフルーツは嫌いで、酒とたばこもやっていた。
偏った食生活はどんな病気でも良いわけがない。

山盛りの白飯をかなり減らし、最近流行っているというパワーサラダ(風)を取り入れた。
ビタミン、ミネラル、食物繊維、タンパク質に脂質などの
栄養素を無理なく摂取することができるというパワーサラダ。
たんぱく質50g、野菜は175g、果物は100g程度と
作り方にポイントがあるらしいのだが、そもそも大雑把な人間が、
「こんな感じか?」で作っているので、「風」。
それでもおいしかった。
今までの食生活の反省とこれからの治療を耐えるための危機感からか
身体の中心が「野菜をくれ!野菜をくれ!」と叫んでいた。

ちなみに写真はサーモンとアドガドサラダ丼。
野菜はオクラ・ブロッコリースプラウトやトマト、レタスなど
適当なのだけれど、とりあえず彩りに注意して作ってみた。
マヨネーズをちょっと丼の上にかけて、わさびを溶かした出汁醤油で頂く。

山盛りご飯は「白飯愛」がそうさせていたのだが、
最初にサラダを食べると、少ない白飯量でも満たされた。

そこに、今までビールでお腹が一杯になるので
自分はあまり飲まなかったお味噌汁をプラス。
パワーサラダに飽きたら、野菜一杯の「食べる味噌汁」にした。


病気だから、といっても大雑把で面倒臭がりの性格は
そうすぐには直らないので、できるところから始めてみる。

酒とたばこは、いろいろ調べた結果、自分の中で
乳がんに関してはやはりリスクが大きいという結論が出た。

たしかにこの数年の酒量は自慢ではないがハンパではなかった。
飲みたくて飲んでるわけではなくて、イヤなことがあると
それを忘れるためにベロベロになるまで飲む、という感じで
酒が入ると自然にたばこが欲しくなる、という具合だった。
ストレス解消で飲んでいるつもりが、翌朝の気持ち悪さと
自分の性格の弱さに、ひどい自己嫌悪に陥っていて、
最近では、好んでみる海外ドラマでよく聞く
「断酒会」について興味を持っていた。

「これを機に酒とたばこはやめます。抗がん剤治療が始まったら」

「はぁっ?」

なぜ、今すぐやめないのか、という
至極もっともな怒りを含んだパートナーの反応。
けれどもすぐにやめられるのなら、とっくにやめているのだよ。
そういう意味では禁酒薬や禁煙薬と同じ考え方で、
抗がん剤の副作用が出て、とても欲しくならない、という
タイミングで止めるのがベストだと思う、と言った。

パートナーとは一緒に住んで7年経つが、
その時の「はぁっ?」はこの先ずっと忘れないだろう。
こういう顔もするのか、私が愛おしいと思っていた顔は
意外と面白い顔だったんだな、と考えていることに
気付かれたら更に怒られると思ったので
量はもちろん、減らします、という言葉を添えて
私は歯医者に行く予定も話した。

「それは良いと思う。抗がん剤治療が始まったら口の中も
口内炎が出来たりして、食事や会話も大変になるっていうし、
今のうちにできるだけ口の中はきれいにしておいたほうがいいよ」

治療しかけで放っておいた虫歯があった。
たばこも吸っているので、そろそろ歯の汚れを取りにいく時期でもあった。

いつも行く歯医者さんに事情を説明した。
そういうことならよく見ておきましょう、ということだったのだが
虫歯を治療したあとの詰め物が、最初の投薬までに間に合わないことが分かった。

「副作用、結構大変と聞きますからね。始まったら歯科治療どころじゃなくなるかもしれないなぁ。
とりあえず歯はきれいに磨けているようなので、今日はできる限り
クリーニングしておきましょう。あとは治療が始まって様子みて
また来てください。あ、たばこはやめてみるのが良いでしょうねぇ。」

痛みや苦しみがなくなるとすぐに忘れて別のことに気を取られてしまう私。
虫歯治療を放置していた自分を後悔した。

2017年6月22日

第11話【身辺整理】

今思いつく限りの治療準備はできたと思った。

「限度額適用認定証」については、私は国民健康保険に加入しているので、区役所の国保の窓口で手続きをするが、日程的に治療初日の朝、病院へ行く前に手続きをするしかなかった。
また、少し気になっている医療用ウィッグ店での試着については、投薬後にしか都合がつきそうにない。

バタバタと準備したので、きっと後から思いつくものもあるかもしれないが、まぁその時はその時で対応しよう。

少し気持ちが落ち着いたのか、新しい気持ちが芽生えていた。
これから自分はガンの治療をする。
それは健康を取り戻すための治療だ。
心からそう思っている。
でもその一方で、命には限りがあって、それがいつどうなるかは誰にも分からないんだな、という気持ちも治療準備の中で芽生えていた。

私は30代の頃「うつ病」を経験している。
当時の私には仕事や家族や人間関係などで
一斉に問題が生じ、なんとか解決しようと頑張っていたが
ある朝、突然、「頭」と「身体」と「心」を繋いでいる糸が切れてしまった。
あの日の朝を私は今でも覚えている。
頭では指令を出しているのだが、身体がまったく反応しない。
ただ、ただ、涙だけがこぼれていた朝。
今思えばあの頃の自分は、自分で大きな物事を判断すべきではなかった、と今でも後悔している。

 

けれども心配を掛けたくなくて実家の家族に話すことはできなかったし、
そもそも周囲や医師の助言に耳を傾けることもできない状態だったので、急な退職なども独りで決めてしまった。
しかしその後、傷病手当など当面の生活に必要な申請が独りではできず、また誰にも相談できず、本当を言えば、良いか悪いかよく分からずにした判断はその後、経済的に、精神的に私を苦しめることになり、回復と再発を6年も繰り返してしまった。

それが、2年前に医師から「もう大丈夫」という診断をもらい、なによりこの1年は、少し「回復」という言葉に慎重になった自分でも心から病気をする前の私だ、と実感できていた。
とても嬉しかった。
この6年で迷惑をかけてしまった人へお詫びもしたい。
そしてできなかったことをやってみたい。
色々な活動プランが頭の中で歌い踊り出した。

とは言え、人生はまだまだ長い。
もう一度くらい大きな病気をするような気がしていた。
その考えは確かに頭の片隅にはあった。
そしてそれは、またしても「突然」やって来た。

これを機に身のまわりを整理しよう。
必要なもの、不要なものを整理して、万一の時に掛けてしまう
パートナーや家族の手間はなるべく省いていこうと思った。

と大そうなことを考えたのだが、すぐに思いついて実行できたのは、
使っていないクレジットカードの解約や
ダイレクトメールの購読キャンセルくらいだった。

2017年6月23日

第3章 化学療法
3-1FEC療法

第3章 化学療法

3-1FEC療法

第12話【FEC療法初日】

5月30日。いよいよ初回の投薬日が来た。
午前中に行った「限度額適用認定証」の申請は窓口が空いていたこともあり予想以上に早く終わった。
申請書に記入し、窓口に提出するとその場で「認定証」が発行され、
利用方法と有効期限について説明を受けた。

もう一つ元気なうちに済ませておきたい用事も片づけられたが思いのほかこちらに時間がかかり、30分ほど休んだらそろそろ電車に乗って病院へ向かわなければならない時間になっていた。
投薬前の食事は軽めに、と事前にもらっていたレジメに書いてあった。
今日の昼食はファミリーマートの大好きな鮭お握りを1個。
のん気な性質だが、さすがに緊張している。
大好きなお握り1つを食べるにも少し手こずってしまった。

投薬日の朝から飲むように指示された吐き気止めの薬の数が
私を不安にさせる。昨日は何度も間違いではないかと確認した。

私がこれから4回受ける抗がん剤治療は、【FEC療法】(フェック療法)という。
フルオロウラシル(Fluorouracil)、エピルビシン(Epirubicin)、
シクロホスファミド(Cyclophosphamide)、という3つの抗がん剤を組み合わせた治療だ。

「各薬剤の名前は覚えなくて良いです。でも、治療開始後にその他の医院にかかるようなことがあったら、『FEC療法中です』と必ず伝えてください。」

C先生の診察前に薬剤師さんからそう説明を受けた。
緊張感が高まる。
これから投薬される薬の順番と、今後想定される副作用、その時期や対処法などについて説明を受けたあと、熱と血圧を測って診察を待つように指示された。

当日は母が付き添ってくれていた。
私の母は25年前、副作用に大変苦しんだので、
私が治療後一人で帰宅できるのか心配して出て来てくれていた。

「病院も変わったねぇ。私の時代はこんなに詳しい説明はなかったよ。」

診察を待っている間、母は驚いたようにつぶやいていた。
母が治療を受けた時代は、医師の診断は【絶対】で、患者への治療計画についてさえキチンとした説明などなかったという。

「あ、O野さん、体調は大丈夫?」

別の患者さんの用件で診察室から出てきたのであろうC先生が、私を見つけて話しかけてきた。

「今日は頑張れる?」


一言だったが、その瞬間に先生は私の手を握って、目を覗き込んだ。
体調を判断しているのだろう。

元気です、と笑ったが緊張して怯えているのがバレないか、ドキドキした。

「緊張するのは仕方ないからね」

バレている。
でも逆に安心か。

その後の診察でも治療に問題ない、という判断が出たので直前に服用する吐き気止めを飲み、副作用対策の【氷】を売店で買い求め、化学療法室へ向かった。

2017年6月26日

第13話【フローズン グローブ】

第13話【フローズン グローブ】

「ではこれから投薬を始めますね。最初は吐き気止めのお薬です。最初にお薬についている名前がご自分のものか確認してください」

化学療法室はカーテンで仕切られていて、それぞれに大きなリクライニングチェアとテレビが備えてあった。
この病院では患者を確認する時に、フルネームと生年月日を言う事になっている。
いつもは忘れていたが、目の前に出された薬を見てこの病院にいる、もう一人のO野K子さんをふっと、思った。

(お互い、頑張りましょう)

もう一人のO野さんが、どんな方で、どんなご病気なのかは分からない。
でも病気と闘う自分が、もう一人いるような気がしてちょっと心強かった。

「フローズングローブは使いますか?」

いよいよエピルビシンを投薬する段になった。
かき氷のいちご味のような色だった。
抗がん剤の副作用で爪が変色したり
割れてしまったりすることがあるのだが、投薬時に手足を冷やすと予防効果があるらしい。
同様に口の中の口内炎予防のために、氷をくわえて冷やしておくと良い、とも言われていた。

とりあえずどの程度の副作用が出るか分からないので、
やれるものはやっておこう、と思った。
ところが、これが思っていたよりかなりキツかった。
グローブが思いのほか良く冷えていて、グローブを付けて数分もすると、
足の指が冷たさでジンジンと痺れてきた。
このままだと指がちぎれてしまうのではないか、と思うくらい痛み始めた。

右手の甲に点滴をしていたので、右手はグローブの上で
指を曲げる感じで爪を冷やしていた。
左手は、口の中の氷を補充しているので、グローブの中から手を出したり、突っ込んだりしていたが、
手足につけたグローブと口の中の氷は身体をすっかり冷えさせるのに十分だった。

「具合は大丈夫ですか?」

返事をする前にお腹の虫が鳴ってしまった。
これは予想外の状況だった。
寒すぎて具合が悪くなりそうだ。
それなのに昼食が少なすぎたせいか、途中でお腹が減ってきてしまった。
寒くて、お腹が減っている。


ずばり、惨めな気分だ。

投薬による吐き気は感じなかった。
でもとにかく、寒くて、痛くて、ひもじい、惨めな気分。
イヤホンを挿したテレビを見ているのだが、集中などできず、頭の中には、南極で底をついた食糧袋をズルズルと引きずりながら一人さ迷っている自分がいた。

『日本人はとかく我慢しちゃうんですよねぇ。どうしても無理な時は無理、って仰っていただいて良いんですからね』

さっき説明をしてくれた薬剤師さんの顔がグルグルと回る。
薬剤師さんの顔と一緒に、もう、グローブを外してしまおうか、でも、これを我慢したら爪の変色が防げるのだ!という気持ちも
交互にやってくる。

女子力低めの私が一つだけ褒められてきたのは健康的で艶やかな爪。

「手はしわしわだけど、爪はきれいだね」と
思えば妙な褒められ方をされてきた。
でも今はそれだってできるなら守りたい。あぁ、でも寒い。
気が遠くなるような時間だった。

結局、投薬は1時間15分ほどで終わった。
途中でグローブの冷たさは和らいでいたのだが、
すっかり身体は冷え切っていたので、
超ダッシュでトイレに駆け込んだ。

1回目はなんとか乗り切れた

投薬自体で具合が悪くなることは幸いなかったが、副作用を抑えるための作業で具合が悪くなっている。

人からみたら可笑しいかもかもしれないけれど、
でも頑張れるなら、多少の無理はしちゃうのよ。

だってやっぱり女子だもの。

2017年6月26日

第14話【投薬の夜】

「お待たせ。終わった。さぁ急いで帰ろう」

私は編み物をしながら待っていた母にせかすように声をかけた。

もうすぐ帰宅ラッシュにぶつかってしまう。
今のところ具合の悪いところはないが帰宅の途中で
具合が悪くなるとも限らない。
それにやっぱり寒さでぐったりしていた。

「今日はね、食欲がないかと思って麺を持ってきたからラーメンを作ってあげるよ」

私は普段、あまり母のところに帰らない。
寂しい思いをさせているのは分かっていたが、
貧乏性なので時間があれば働くことを優先してしまっていた。
そういう事情もあるので、久々に娘に食事を作ることを
楽しみにしてしていてくれたのだろう。
心配そうな言葉と裏腹に、電車の中で持参した麺をバッグからそっと見せたその表情は楽しそうだった。

「ん?」

投薬中は食欲がなくなることもあるという。
治療の前に病院から渡されたレジメの中の患者さんアンケートでおすすめの食事は麺類が堂々の第1位、となっていた。

でも私の中ではなんとなく
「素うどん」などを勝手に想像していた。

「ラーメン?」

しかもわりとさっぱりしている塩とか醤油じゃなくて、
バッグからチョロっと顔を出しているそのラーメンの袋は
『悪いね、俺はとんこつラーメン!へへっ』とニヤついている。
とんこつラーメンってくどくないっけ?
あっさりしているんだっけ?
ややパニックを起こす。食べられるか?

作ってもらうので文句を言うわけにはいかないが
なんで「とんこつラーメン」なのだ。
今日は無難な「うどん」じゃないかね?

聞くとそのとんこつラーメンはお土産に頂いたものだという。
それならば有難く頂こう。でもせっかくのお土産をベストとは言えない体調で食べて味が分かるだろうか?
なんかもったいない。なんで今日なんだい?
その理由は急にモゴモゴ口の中で話す母の言葉で理解した。
「そろそろ賞味期限がねぇ・・・」

頂いたとんこつラーメンはさっぱりしていておいしかった。
グッタリと疲れてはいたが、お腹も空いていたのであっけなく完食してしまった。

投薬した夜に発熱することがあるらしい。
事前に渡された薬を念のため枕元に置いてその夜はすぐに横になった。

薬を飲む目安は37.5℃。
そこまでの熱は出なかったが、食べすぎたのかだんだん気持ちが悪くなってきた。

母は隣の部屋からいろいろと話しかけているようだったが、
家のベッドで横になって安心したのか、緊張疲れも一気に出てきた。
ボーっとしてあんまり話が頭に入ってこない。

「今日はもう寝かせちゃいましょう。ありがとうございました」


延々としゃべり続ける母に、パートナーが優しく声をかけた。

今日はいろいろな経験をした。
目にしたいろいろな窓口や関わった人の顔が浮かんでは消える。
あっという間に、私は母とパートナーに感謝しながら眠りに落ちていった。

2017年6月26日

第15話【医療用ウィッグ】

投薬から3日間はとにかく身体が重かった。
逆に言えばそれ以外の発熱や吐き気などはなかったが、とにかく身体が重かった。
通勤のため、いつもと同じ道を歩き、いつもと同じ作業をいつもと同じようにしているつもりだったが、
ふと時計を見るといつもより時間がかかっている。
頭もボーっとしているようだった。

あと2日したら医療用ウィッグを試着しに行くことになっている。
もともとオシャレのセンスが低くて、洋服なども無難なものばかり選んでいた。
それがいきなり強いこだわりを持ってウィッグを選ぶとは思えない。
加えてこの頭の反応の悪さ。
パートナーが付き合ってくれることになっていた。

私が予約したウィッグ店は、医療用ウィッグを取り扱っている。
自分がどれくらい脱毛するか分からないが、
頭が剥き出しになってしまうことを考えると
できるだけ肌に優しいウィッグが良いなと思っていた。
ただちょっとお値段が張るのだ。
医療費控除の対象にもならない。
「医療用ウィッグ」といっても、特に医師が必要と診断しない限り美容目的のため、と解釈されるらしい。

抗がん剤の副作用で脱毛するから購入するのに「美容目的」?
なんとなく納得いかなかった。
自分がガンになっていろいろ調べるようになった。
ガンの罹患率は年々増加しているが、
医療が進んで働きながら治療している人も多いらしい。

「脱毛」って男性だって女性だって結構、精神的な負担がある。
私だって「意外とスキンヘッド、カッコいいかもよ?」
なんて家族や友人の前ではヘラヘラ笑っているけど、じゃぁ、そのまま仕事に行ける?って言われたら話が別な訳で。

それでなくても、抗がん剤治療で身体がキツイ時に精神的な負担など増やしたくない。
仕事や地域イベントなどの社会生活に自信を持って参加するために「ウィッグ」を被りたいのだ。
「美容目的」の一言で片づけられちゃうと切ない。

自治体によっては、助成金が出るところもあるらしいのだが
私が住んでいるところは制度がなかった。
なので心とお財布の調整が難しくだいぶ長いこと悩んでしまった。

ネットで資料請求をするとすぐに、化学療法用か、円形脱毛用かと折り返しの電話があった。
送付する郵便物には店の名前は入れず個人名で送りますね、とも説明された。
届いた資料にはケアマニュアルが同封されていた。
ウィッグの選び方だけでなく、毛髪に関する基礎知識から治療前後の髪のお手入れ方法、まつ毛や眉毛も抜けてしまうのでメイクの方法なども書いてあり、男性のメイクについても触れていた。

何店舗かあるお店のうち1店舗が自宅から近かったのと
アフターフォローが充実していたので他はあたらずこのお店にすぐさま予約を入れた。

店には個室がいくつかあった。
誰かに見られる心配もなくゆっくり試着できるようになっている。
ただ、もうどうしようなく身体が重くて頭がボーっとしていた。
できるだけ集中して、短い時間で決着をつけなければ。
お店の担当者の方は若い人だったが、私の顔色をみて同じことを感じたのだろう、テキパキと

 

「このウィッグの特徴は頭頂部の人工皮膚なんです!
これがあると分け目がすごく自然に見えるんです。」

と、ポイントを押さえて説明をしたのち、
私の好みの髪型を聞いていくつか準備してくれた。

実際に着用して、頭のサイズ感や長さを確認。
そうなのだ。
マネキンがしているウィッグを見ると「あ、これがいい。もう誰が何と言っても、絶対これがいい!」と
思うのだが、実際に私がつけてみると見ていたイメージと違ったりするのだ。

だから思いのほか時間がかかった。
あまりに色々とつけてしまい、どれが良いのかだんだん分からなくなってきてもいた。
それほど優柔不断な性格ではないのだが、やっぱり体調のせいもあるのかもしれない。
準備時間に余裕があるのならウィッグ選びは、治療前の元気な時に行ったほうが絶対にいい、と思った。
私の治療計画では、ウィッグは2年くらいは使うことになるだろうか。
だから慎重に選びたい。でも、もうそろそろギブアップ。

「これ、いいなー」と言った回数が多いウィッグを選び出して並べ、そこからもう一度着用して、パートナーと相談して1つに決めた。
ちょっと後ろの毛が普段の自分の髪型より長いかな、とも思ったのだが、
せっかくならいつもと違う髪型にしてみたい、という気持ちもあって決めた。
入店してから会計まで2時間弱。

「ありがとう、ありがとう。本当にありがとう!」

ウィッグは、パートナーがプレゼントしてくれた。

ウィッグを購入するか否か。
私は丸々、1週間、頭を抱えて毎日、うーうー、と唸っていた。
あまりの悩みっぷりと、あとで「髪の毛がないから・・・」とまた自分の殻に閉じこもられても困る、と心配したパートナーが見るに見かねて購入を決めてくれたのだ。

2017年6月28日

第16話【セルフケア】

乳ガンの治療にあたって、私は偏った食生活と
生活習慣を見直した。

朝はできるだけ早く起きて、掃除洗濯、晩ご飯の下ごしらえなど家事は出勤前に片づけるようにした。
夜は時間を決めて23時には床に就くように心がけていたが今は、ダブルワークも休みをもらっていたので就寝までに少し時間ができた。

副作用で皮膚障害が起きることがある、と聞いていたので就寝までの時間はゆっくりと肌のケアに時間をあてるようにした。

今から予防として出来るのは「身体を清潔に保つこと」「十分な保湿を与えること」「肌に余計な刺激を与えないこと」

ボディソープを、肌への刺激が少ない固形石鹸に替え、合成繊維のボディタオルも100円ショップで売っていたシャボンボールに切り替えた。

シャボンボールはそのままで身体を洗えるのだが、私は主に身体を洗う「泡」をつくるネットとして購入した。
洗顔用の泡立てネットより大きいので大量のクリーミーな泡が一度に出来るので時短になっていい。

実際に身体を洗う時には、無駄に肌を刺激しないよう手に取った泡で身体を包むように洗うようにした。

入浴が終了したら間髪入れずに顔と身体全体に
化粧水とボディクリームを塗る。
ボディクリームの伸びがちょっと足りないな、と思った時は
無印良品で購入したホホバオイルをクリームにちょっと加えた。
それを丁寧に、そしてたっぷり身体に塗り込んでいく。
私の入浴時間はこれだけでだいぶ長くなった。

私は20代の終わりに陸上自衛隊で教育を受けたことがある。
この組織で適応しようとすると「風呂・飯・トイレ」は驚くほど早くなる。
若いときに身体に染みついた習慣というものは今でも意識しないとなかなか直らないものだ。
この際、意識して食事とお風呂はゆっくり楽しもう。

でもまだ何か足りない気がした。

(運動だな)

投薬してから身体の重さと同時に
頑張って意識しないと身体に力が入らないのを感じでいた。
このままなんとなく生活していたら
筋力があっという間に落ちそうで怖い。

もともと身体を動かすのは大好きなだったので
以前は区の体育館で筋力トレーニングを行ったり
ダンスセンターに通ってダンスのレッスンを受けていた。
けれど今回は自宅で、自分のペースでできる運動がいいな。
と考えている時に、ふと、あるクラスを思い出した。

【ヨガ】

1、2回ほど体験レッスンに参加したことがあった。
きちんとやろうとすると、結構、呼吸が難しかった記憶があるけど
その呼吸法が自律神経のバランスを整えるんです、とインストラクターが言っていた。

いいかも!

最初のFEC療法から4日経った頃、我慢できないほどではないが、めまいが始まっていた。
グルグルと目の前の景色が回る回転系のめまいではなくて、長い時間、船にのって波に揺られたあとの頭と身体がゆらゆらする感覚。

このめまいは2年くらい前にも経験していた。
当時は内科・耳鼻科に通ってみたが、原因と思われるものがなかなか見つからなかった。
その後、右の耳が聞こえづらくなりはじめ、もしかして、と受診した心療内科で自律神経の乱れ、と診断されたことがある。

今回のめまいの直接の原因が抗がん剤なのか、治療のストレスなのかは分からないが、とにかくまた自律神経が乱れているのかも。
次の診察で先生に報告しなければならないけれどそれでなくても副作用を抑える薬をたくさん飲んでいるのだ。
できればこれ以上、薬は増やしたくない。

自分の意識でやれることがあるならやってみよう。
手始めに私は「いつかやるかもぉぉぉ。」と録画していた
ヨガ番組のDVDを引っ張り出した。

2017年6月30日

第17話【脱毛】

投薬後1週間もすると多少のダルさや「ゆらゆら」めまいがあるものの
日常生活や仕事に影響が出るほどの症状はなく、うっかりすると抗がん剤を投薬したことを忘れてしまうくらい割と元気に過ごしていた。

脱毛に関しては投薬して10日~14日目で始まる、と事前に説明を受けていた。
今日は14日目。
投薬した翌日には毛量が多くて悩んでいた髪が萎んでしまった気がしたが脱毛の気配はまだなかった。
本当に髪は抜けるんだろうか、などど呑気に考えながら洗髪した水分を払うため、髪を軽く手で絞った時、手のひらに10本ほどの髪がくっついていた。

(始まった)

よくみると浴室の床にも髪が抜け落ちていた。

濡れた手についた髪をゴミ箱に捨てるのはなかなか難しい。
ちょっと手を振ったくらいじゃ離れてくれない。
かき集めた髪をイライラしながら手からはがす。

排水溝が詰まらないよう、投薬前の準備で購入しておいた100円ショップで売っている使い捨てのヘアーキャッチャー。
プラスティックのもあるようだが、掃除の負担をできるだけ減らしたかったので、これは粘着シールのような使い捨てタイプにしておいた。

最初の脱毛が始まってからは、一気に抜け始めた。
次の日には、ちょっとした動作でも自分の毛があちこちに散らばってしまうので、物事に集中できない。
髪が抜けることもつらいが私は掃除のほうが苦痛だった。
いつもの入浴や身支度に【掃除】が加わるので時間がかかる。
自宅や職場で自分が歩いたところを振り返っては抜け毛を確認して拾い集める。

 

いっそ、頭を刈ってしまいたい、という衝動に駆られるのだが、
髪が短すぎるとかえって抜けた毛を集めるのが大変、という
先輩方の話を聞いていたので、そこはグッと我慢する。

「あ、そうだ。こんな時のためにカツラ屋さんで頂いたものがあったっけ。」

 

医療用ウィッグの資料請求をした時に、
不織布の使い捨てキャップ2枚組がおまけとして一緒に送られてきた。

 

「はて、この抜け毛ってどれくらい続くんだろう?」

使い捨てのキャップは2枚しかない。
おまけなので追加で購入しようと思ったのだが、脱毛が始まる時期については説明を受けていたが、それがどれくらい続くのか聞いたことがなかったことに気が付いた。

個人差はあるだろうがとりあえず購入枚数の目安が知りたいので
ネットで検索する。

1週間という人もあれば、2週間という人もいる。

「じゃ、まぁとりあえず10枚1セットのでいいか」

注文したあとで気が付いたのだが、
これから外出の際には綿や毛糸のケアキャップを被る。
(写真は母手作り毛糸のキャップ。同じ形は頼んでも再現できない)

頭に直接毛糸のキャップを被ると抜けた髪が絡まってしまうので
脱毛が落ち着くまで不織布のキャップを被って毛糸のキャップを被ったほうが良いだろう。
その時に、毛糸のキャップの下から見えても黒か茶色なら目立たないが、
おまけでもらったキャップより安い値段につられて思い切り白を頼んでしまった。

しまったなぁ、と思った時に、何をしているのかPCを覗き込んだ
パートナーがボソっと言った。

「おまけと一緒の使い捨てキャップ、かつら屋さんで事前に用意しておいたほうが良いですよ、って言われてかつらと一緒に10枚組買ったでしょうよ」

そうだった。ダブルでやってしまった。

2017年6月30日

不織布使い捨てキャップ
ケアキャップ

第18話【時短復帰】

私は3週間に1度、FEC療法を行うことになっていた。

投薬日から1週間は身体が重く、疲れやすさと「ゆらゆら」めまいを感じていたがそれ以外の症状は特になかった。

2週目には脱毛が始まったが、身体もめまいもだいぶ軽くなった気がした。2週目は白血球が減少するので感染症に気を付けるよう指導されていた。

3週目からは体調も回復する、と教えられていた。

私は2週目からだいぶ体調も回復していたのでこれから迎える3週目についてある思いがあった。

(もう少し、働きたい)

急に治療を開始することになったので、それでなくても年中、人手不足の
ダブルワークの職場には迷惑と心配をかけてしまっている。

私自身も貧乏性なのか、元気なうちに自分の時間を少しでもお金に変えたい、という思いと身体を動かしておきたいという気持ちがあった。

主任のDさんに連絡を取って体調の報告をする。
昼間なら体調も良い。夜も21時くらいまでならやれそうだ。
人が足りない日はないか。

速攻で返事がきた。勝手なお願いだったが快くOKしてくれた。
今回は2回目のFEC療法の直前の3日間休憩を回す要員として短時間だが入ることになった。

まだ1回目の投薬だったが、なんとなく今後の治療と体調変化について予測ができる。

来月からは自分の体調と人が足りない日を調整して事前に希望を出せそうだ。

涙、涙、のご挨拶から3週間しか経ってない。
正直いうとちょっと恥ずかしかった。
治療が始まる前はどうなるか分からなかったとはいえ、ちょっと大げさだったかなぁ、と思い出すと赤面してしまう。

みんなどう思うかしら?

「おはようございます」


すでにレジに入っている担当者に挨拶をして交代する。

「おはようござ・・・ええっ!?」
そりゃ、そうだわな。

「すいません。思いのほか元気でして・・・。恥ずかしながら、時短復帰、致しました」

当たり前だが驚かれてしまった。
でも次の瞬間にはみんなでクスクス笑ってしまった。

復帰した日は初めてウィッグをつけていったので
私の休憩中の話題はもっぱらウィッグだった。

「よくできているねぇ」

「ここの頭頂部の肌色がポイントなんですよ」

ウィッグ屋さんの営業トーク、そのままだった。

脱毛のピークだったので、ウィッグの下に被ったネットからも髪がこぼれていたのかもしれない。
話しながら、肩や背中についていた髪をそっと取り除いてくれた優しさに
ただ、ただ、感謝の気持ちしかなかった。

2017年7月1日

3-2 FEC療法2ND COOL

第19話【血液検査】

アッと言う間に2回目のFEC療法日になった。
今日も投薬の前に血圧・体温計測・血液検査をしてから先生が診察で投薬の可否の判定をする。
初回の投薬日からの体調を報告。
3週間となると意外と記憶がなくなっていくので毎日体調を記録するノートを病院から渡されていた。
「ふわふわ」めまいがあったがその他については特につらい症状はなかった。

「発熱もなし?痛みもなし?口内炎も爪の異常もなし?」
「はい。あ、でも1日1回~2回の便通は壊れてました」
「薬は真面目に全部飲んでた?」
「はい。真面目に飲みました」
「う~ん、それは下剤が効きすぎてるのね」

そうだった。
投薬で便秘になることがあるので処方されていた薬の中には下剤も入っていた。
下剤については様子を見て調整してよし、と言われていたが、飲まなくてはいけない薬が余りに多いこと薬によって朝と昼と夜だったり、昼だけだったり、と管理が大変だったので2日目の夜に朝・昼・晩で服用するセットをまとめて作っていた。
そこからあんまり考えないでひいひい言いながら下剤入りの1セットを飲んでいたのだ。
やっぱり私はどこか間抜けなんだよな。

基本的に丈夫なのね、と笑われて今回の投薬もOKの判定が出た。

化学療法室の前で投薬の準備を待つ。
薬の調合は1時間くらいかかるのでさきほどもらった血液検査の結果を見てみた。
素人なので項目の1つ1つについて詳しくはないがほとんどの項目が基準値内に収まっている。
減少する、と言われている白血球も今の段階では、ほんの気持ち基準に届かない程度だ。

(よしよし)

気分を良くしていたが次の項目で思わず息をのんだ。

【γ-GTP】

私はお酒を飲むので、この数年の健康診断でこの数値が少し気になっていた。
肝臓の病気をチェックする項目。
今回の検査ではこの項目だけが勢いよく基準値を飛び出している。

乳ガンの治療に来ているのだがすでに頭は「マサカ、カンゾウモ、ビョウキデハ!?」という考えで頭が一杯。
急いで自分の数値の意味をチェック。
とりあえず急いで病院で検査をする必要はなさそうだが
要注意、というところか。

『仕出かして来た過ちが私を許しはしないらしい』

中島みゆきさんの「愛情物語」という曲の一節が思わず口に出た。
5月30日の投薬を機に、酒とたばこは止めてきた。
でも今までの私はどうだったか?
嫌なことがあるとすぐにお酒に逃げるような生活をして時期があった。
溜息が出た。

【アルコールの影響を受けやすいので、検査前日の飲酒はNGです】

検索していたスマホ画面に表示されている文字。
そうだ!
ここのところ体調が良すぎてちょっと油断した。
明日はまた投薬だ、頑張ろう!という言い訳を作って思わず昨日はビールに手を出してしまった。
缶ビール500mlを1本。いや、2本だったかな?
今回の異常値はそれが原因だと良いが。
次回から気を付けてとりあえず様子をみてみよう。

しかし。
この結果をこのまま持って帰ってパートナーに見せたら「ほら、言わんこっちゃない」とお説教されるのは目に見えていた。

投薬までもう少し時間がある。
γ-GTPを下げる食材がないか検索しながら治療を待つことにした。

3-2 FEC療法2ND COOL

2017年7月5日

第20話【フローズングローブ2】

2017年7月10日

診察から1時間ほど待つと化学療法室から名前を呼ばれた。
2回目の投薬ということでだいぶリラックスし今回は一人で投薬を受けに来ていた。

最初に投薬するのは吐き気止め。
抗がん剤のエピルビシンを投薬する時に、前回同様


爪の変色対策としてフローズングローブをお願いした。

私が通院しているC病院では、爪への副作用対策としてこのグローブが用意されているが、病院によってはないところもあるらしい。
それでも希望する場合は患者が個人的に購入して治療を受けているケースを先輩たちのブログで知った。
中には脱毛対策としてアイスキャップを購入している方もいるらしい。

イヤホンで視聴でしていたテレビが「6月なのに今日は夏日です」と言っている。
けれどもそれを見ている私は両手両足に冷たいグローブをはめて口の中にひっきりなしに氷を投入しているので寒くて仕方がない。
汗をかいているリポーターの話が別の世界のことのように感じられた。

2回目だけれど、この寒さはやっぱり慣れなかった。
むしろ1回目のほうが緊張していたからか頑張れた気がする。

2回目のFEC療法では、氷を食べるのは途中でギブアップした。
口に含んでいた氷の臭いが急におかしく感じたのだ。
長い間、製氷機を放っておいた時に発生するあの嫌な臭い!
売店で購入した氷だったし、突然、臭いが変わるなんてことはないのだろうが急にその臭いが口の中に広がって、吐き出しそうになった。
身体が冷やされ過ぎて、感覚がおかしくなったのだろうか。
それとも薬のせいだろうか?
とにかくその日から数日間は、氷はもとより水も見ただけであの嫌な臭いの感覚が蘇ってしまいとてもうけつけられなくなってしまった。

3回目の投薬の時に、もう氷を口に入れる自信がない。
困ったな、と同じ病気の先輩方のブログをいろいろ読んでいるうちに
口の中の氷は、時々舐めるので十分という方や、やらなくても副作用が出ない人、エピルビシンでは冷やしてもあまり効果はない、と書かれている記事を書いている方を見つけたりした。
先輩方のブログでは随分、勉強させてもらっていたつもりだったが、もしかして、頑張り過ぎたかな。

個人差があるので先輩方の経験は「あくまで参考」だ。
今のところ爪に異常はない。口内炎もない。
口内炎は譲れないけれど、寒さとあの嫌な臭いに悩まされるのも耐えられない。
とりあえず3クール目の時に自分の体調を説明して先生にアドバイスをもらおう。

第21話【脱毛2】

2017年7月10日

私の脱毛のピークは2週間だった。
この2週間、私の髪の毛は低温のシャワーに流され、弱冷風のドライヤーで飛ばされ、枕カバーに自ら突っ込んでゆき、勢いよく抜けていった。
あまりによく抜けていくので完全にツルツル頭になることを想像していた。

でもツルツル頭になってしまうのは正直イヤではなかった。
だって女性が頭をツルツルにするなんてなかなかできないことだし!
そういえば昔見た、映画「G.Iジェーン」のデミ・ムーアはカッコ良かったなぁ。
そうだ、せっかくだから真似して写真を撮ろうか、とまで考えていて
密かに楽しみにしていたのだ。

けれどもそう、うまくはいかなかった。
そろそろピークも終わったのかな、という頃に鏡で見た私の髪の毛は、頭頂部を中心にO型に抜けていた。
すっかり地肌は見えているのだけれどもそれでも厳しい脱毛期間を耐え抜いた少量の髪の毛が「申しわけ~」なさそうにヘロヘロになりながら頭が剥き出しになるのを辛うじて守っている。
写真を撮るには微妙すぎだ。

かと言って、せっかく残った髪の毛や投薬中の白血球が少ない時期に
頭に傷をつけてしまう可能性を考えると剃るのはためらわれて写真はすぐに諦めた。

 

脱毛が始まると髪の量が毎日減っていくので外出時に被っているキャップやウィッグがだんだんブカブカになる。
髪の毛の有無で頭のサイズってこんなに変わるんだ。
ウィッグについては、ある程度脱毛のピークが落ち着いたらサイズ直しをしてもらうことになっていたのだが手持ちの帽子やキャップのサイズはそうはいかないので下に不織布のキャップをつけていた。
夏目前の時期に被るキャップやウィッグはちょっとしたストレス。

頭が暑い。蒸れる。
事務所で社長が席を外す一瞬を狙っては被り物の隙間から頭に扇風機の風を送る。
ああ、なんて涼しいんだろう!

ふうふう言いながら帰宅したらすぐに被り物を取る。
鏡に映る頭には汗でクタクタになった髪が張り付いている。
卵のような丸い頭は、玉のような汗を大量にかいている。

今日も一日、過酷な状況に耐えた髪の毛を思う。
「君たちは今日も良く頑張った」

なんとなく涙が滲む。

第22話【痛み】

2017年7月12日

2回目の投薬の夜はひどい悪心に苦しんだが、翌朝にはだいぶ軽減されていた。
ただ食事をするとムカムカと気持ちが悪くなるのでこの間は出先での食事は控えていた。

それも3日、4日もすればその心配もなくなった。
ただ今回は、投薬の夜から身体が時々痛くなることがあった。

筋肉痛や関節炎の副作用が出ることもある、とレジメに記載されていたがそのどちらでもない感じ。

決まった箇所が痛い、ということではなくそのときによって左肩の付け根だったりしこりのある右胸だったり、足の付け根だったり、指が痛い。
身体の奥をグッと押されているような痛みが断続的に起こった。

たいてい我慢できるのだが、思わず呻いてしまうほどの痛みが時々、走る時がある。
正直、その時は不安になる。

「痛い、痛い」と呻いてしまうと自分の言葉で痛みが倍増する気がした。
なにより聞いているパートナーも心配する。

とは言え、心配かけないように声を我慢するのも結構なストレス。
自分の苦痛を発散または和らげ、周囲の人に余計な心配をかける方法はないか?
考えろ、考えろ、O野。考えていれば少し気も紛れる。

(あ、そうだ!)

私は映画や海外ドラマが好きなのでよく見ているのだがその中の決め台詞やリアクションを「痛い」といういう言葉に置き換えてみるのはどうだ?

良い歳をした大人が考えついた事にしてはややアホっぽい感は否めないが・・・
この際、やってみる。

でも意外と出てこないな。というか長いと痛みの症状に合わないな。
一言台詞が良さそうだ。

「ぐわしっ!」

ほどよく痛みが始まった。
とっさに出た言葉が「ぐわし」だった。
うん。なかなか良さそうだ。アニメだけど。
一瞬の痛みを一言で表現してる。
しかも言った本人が笑い転げてる。

「ひでぶ!」

次の痛みに合わせてみる。
う~ん。
瞬間的なタイミングは良いけどこれって死んじゃう時の台詞だよねぇ?

やっぱ「ぐわし」だな。
笑っちゃうのは良いよね。だいぶ気持ちが和らぐ。

「何事なの?」

あ、でも周囲には事前に説明しないと
やっぱり心配になって飛んできます。

第23話

【医療用ウィッグ2~アフター・ケア】

2017年7月13日

医療用ウィッグを着用して3週間近く経った。
当初は毎日つける予定だったのだが、感染症対策としてつけているマスクとウィッグの中の頭の暑さと蒸れ具合が、湿気の多い梅雨時期には思いのほかきつく、週に1日~3日程度のダブルワークの接客業が入っている日以外は毛糸のキャップで昼間の事務の仕事に通っていた。

帰宅後には専用の消臭スプレーをかけるのだが、そろそろ汚れも気になるので初回のウィッグシャンプーの予約をした。
私が購入したお店では、自分でウィッグを洗う前に担当者が洗い方を無料でレッスンをしてくれるのだ。
髪の量もだいぶ減ってきたので、少し緩くなってきていたウィッグの調整もお願いした。

この日も暑かった。
個室に案内してくれた係りの方が、リフレッシュシートを出してくれた。
ウィッグと下に被っているネットを取って、頭の汗を拭く。
これがツルツルなら、思いっきり拭けるのだがまだ残っている毛があるので抜けないように軽く押さえるように拭く。

購入時に担当してくれたFさんの入室ノックで慌ててネットを被る。
自分は剥げてきた頭に慣れて来たけれど、久しぶりに見る人には衝撃が強いかしら?なんて一瞬思ってしまったのだ。
でもよく考えたら相手はプロなんだし、見慣れてるかな?

「あれ?O野さん。この時期ならもうウィッグの下に被るものは
ネットではなくて綿キャップですよ」

案の定、ネットからうっすら見える頭の状態よりも
被っている【もの】が違うことが、まず気になるらしい。

「はぁ。綿キャップ。なんでしたっけ?」

「あれ?この前、購入したの忘れちゃいました?」

髪がまだそれなりに残っている時は、ネットでまとめた髪をピンで止めてウィッグを被る必要がある。

ただピークを過ぎると今度は汗がそれなりに出るので吸汗性の良い綿のキャップに変えるのだ。

そう教えられていたのだが、購入したこともスッカリ忘れて、今の私はピンで止める髪もほとんどないわ、汗はダラダラ流れてくるわで、
どうしたもんか、と悩んでいたのだ。

購入に来た日は投薬してまだ間がなくて頭は完全にボーっとしていた。なんとなく「はい、綿キャップはい。」言っていた。

 

「すみません・・・」

「いえいえ。今日、分かって良かったですね」

(ああっ!ピンで止めたいところに髪がなくて頭を抱えてた私はただの間抜けではないか!)

その後、ウィッグの調整をし、シャンプー、トリートメントとセットのやり方のレクチャーを受けた。
とにかく優しくなのだそうだ。
う~ん。できるだろうか・・・。

「O野さん。もし忘れてしまっても最初にお渡ししたガイドブックに
この手順は書いてありますからね」と気遣って頂き、最後に毛の量や前髪の長さでカット希望はあるかを確認された。

本当を言うと、毛量も多く、前髪が少し長いかな、と思っていた。


購入当初は眉毛も全部抜けてしまったら、不器用な私には
うまく眉メイクができるか不安で、眉が隠れる長さにしてもらっていた。
でも普段はもっと短いので、いささか自分らしくないかなぁ、
いや、今はまだ眉は残っているけど、もう少し様子を見たほうが良いのでは?
などとだいぶ悩んでいた。

「う~ん」
だめだ。今日はそこまで調子悪くないのだが
どうも最近、頭が回らない。決断ができない。
確かにもともと頭の回転は早くはないのだが・・・

「とりあえずまだこのままで良いです」

それなら、とFさんが丁寧にカールを巻いてくれて上機嫌で会計へ。

「今日はチケット持っていらっしゃいましたか?」

「あ。」

このお店では最初のシャンプーレッスンとセットは
無料で行ってくれるのだが、そのチケットを忘れて来てしまったのだ。

「忘れちゃいました。すみません・・・」

「大丈夫ですよ。今日は持参したことにしておきますから次回お持ちくださいね」

いろいろありがとうございます。
これからもお世話になります!

ネット
綿キャップ

第24話

【禁煙外来~チャンピックス】

2017年7月13日

私は抗がん剤治療を機に「禁酒・禁煙」を宣言した。
ところが実際に実践できたのはたった9日間だった。
これは、思いのほか苦しい副作用がなかったことと、「9日間止められたのならいつでもまた止められる。なら1本だけ」
という、禁煙失敗あるあるを思いきりやってしまったからだ。

1本吸ってしまったら、習慣でダラダラ吸ってしまう。
もちろん病気のことは気になっているので今まで1日20本だったものが10本までに減っていた。
でも週末に『今週も頑張ったなぁ』などとビールを1本開けてしまうと
たばこの本数も勢い増えてしまう。

「これはダメだな。」

治療を受けるにあたり、私自身いろいろと勉強して自分でできることは併用してやってみよう、と決めたつもりだった。
それなのに、『今の私の身体には悪いので絶対、止める!』と最も決意していることが実践できていない。

自分の意思だけでは無理だと判断した私は、禁煙宣言の翌日にパートナーから渡されていた近所の禁煙外来一覧を見ていた。
私より先にパートナーはこうなることを予測していたのだろう。
ありがたいやら恐ろしいやら。
もちろん禁煙外来に行くことは事前にC先生に相談してOKをもらっている。

病院を決め、いざ予約の段になった時に院長が病気のためしばらく休診することが分かった。

「ふうむ」


別の病院にしようかとも思ったのだが、禁煙治療も3か月ほど通わなくてはいけない。
それを考えると近いほうが有難い。
10日ほどあけて様子を見ると既に診療が始まっていた。

「ふ~ん。そう。あのねぇ、禁煙って禁煙補助薬だけでは成功しないのよ。自分の意思が必要。分かる?」

50代後半から60代前半の男性院長のなんだか高圧的なモノの言い方が気になった。大きなマスクとメガネで表情があまり良く見えない。

自分の意思が必要なのは分かっているけどそれだけでは失敗したから助けを求めているのではないか。
なんだか3か月もこの先生と頑張れる気がしないな、病院変えようかな、と考えた。

「・・・スケジュールとしては12週間が基本なの。この間は健康保険が適用できますが、これを過ぎると自由診療になるから。また自分で判断して中断した場合は、最初の診察から1年を経過しないと自由診療になります・・・」

頭のなかでこの先生ではないかも、と思っているので
説明している言葉があまり入ってこない。

「・・・このチャンピックスを使うと、副作用として吐き気や変な夢を見たりすることがあるんだけど、精神疾患はありますか?」

う~ん。かつて鬱病を患っていたことは話した方がよいのだろうか。
でも今はそれらの薬は飲んでいないしなぁ。
なんとくなく「いいえ」と答えてしまった。

「じゃ、処方します。良いですね」

この先生に決めた。
私はこれから禁煙をするのだ。自分に都合の良い先生ではまた何かしら甘えてタバコを吸ってしまうだろう。